南坊流は「南坊録」により派生した茶道の流派である。
南坊流が利休の茶道から現代までどのようにして伝わって来たのかということは、南坊録がどう伝承されて来たのかと言う事と同じ事になる。
南坊録は「利休茶道精神の秘書」として扱われており、特別に研鑽を積み伝承に値する者のみに書写が許されてきた。したがって南坊録を書写した先達が南坊流の伝統を継承してきたことになる。
ここでは南坊録の由来から、それを伝承してきた主だった茶人を紹介したいと思う。
１、南坊宗啓（文禄２年(１５９３)２月２８日集雲庵を出庵）
堺南宗寺塔頭の集雲庵の禅僧で利休の高弟
利休の茶の教えを巻紙に「覚書」「宗易茶湯日記」「四畳半棚置等」「書院少々覚書」「台子等」「墨引」として記録し、一々利休の校正を受けた。
利休が自害した後、「滅後」の巻を書残し、集雲庵で利休の三回忌を自ら行い、何処とも無く行方をくらました。
 堺市大徳寺派 南宗寺山門 |
 南宗寺の集雲庵跡 案内板（堺市教育委員会） |
 南坊宗啓禅師の 朱印 |
２、立花実山（宝永５年(１７０８)１１月１０日没 ５４歳）
福岡黒田藩士、三代藩主光之に８歳から小姓として仕え、それ以来光之の側近として重用された。光之は６０歳で藩主の座を四代綱政に譲り隠居したが、その後も光之が８０歳で亡くなるまでの２０年間、実山は隠居付き頭取として仕える。
利休没後の約百年後の貞亨４年１６８７年正月に縁有って、宗啓の残した記録のうち「覚書」「宗易茶湯日記」「四畳半棚置等」「書院少々覚書」「台子等」の５巻を、参勤交代で在住していた江戸黒田藩の桜田の屋敷で入手する。またその３年後の元禄３年には同じく参勤交代の途中に、堺の宗啓の血族である納屋宗雪より、残りの「墨引」「滅後」を書写し、計７巻の茶書を入手する。
後に７巻を清書（編纂）して古外和尚に「南方録」と命名してもらう。
７巻の書名は「覚書」「会」「棚」「書院」「台子」「墨引」「滅後」からなる。
実山は今まで教わった宗俊流茶道（土屋宗俊）に南方録の教えを取り込み近親者と共に南坊流茶道として侘茶道を実践し、その後南方録を宝永２年(１７０５)１２月に実山の近親者である、立花寧拙（弟）、立花不白（実子）、衣斐固本（黒田藩士）、大賀如心（博多商人）の４名に固く他見を禁じて書写を許す。
尚実山は光之が亡くなると四代藩主綱政から隠居を申し付けられ、さらに翌年綱政の命により捕らえられ半年近い幽閉生活の後、密使に暗殺されると言う悲惨な末期をたどる。いかにも利休と同じような運命を思わせる。
３、笠原道桂（黒田藩士、旧姓立花勝久、実山の甥）
江戸藩邸勤めが長く、何れ実山から書写を許される予定（？）であったが、実山が暗殺されたため書写できず。実山の死１０年後の享保３年（１７１８）２月２８日に上記の内３名の合議により特別に南方録の書写を許される。
笠原道桂はその後江戸に南方録を持参し、江戸の旗本安藤定房に享保９年（１７２４）春、書写をさせる事になる。
その後南方録は安藤定房から次々に書写されるようになり、武士、僧侶、そして遠州流、宗編流、石州流などにも広まっていったようである。書写の過程で「南方録」は南坊宗啓の記録と言う事で、「南坊録」として流布していく。
なお道佳の弟子に許斐積翠（黒田藩士）がおり、実山亡き百年後の福岡の南坊流を継承していた事も特筆される。
４、三宅康高（豊橋南坊流の祖）
（田原藩主、宝永7年（１７１０）生 寛政３年（１７９１）３月１４日没 ８２歳）
愛知県渥美半島の田原藩４代藩主の三宅康高は、安藤定穀（安藤定房の子）より延享元年（１７４４）３月１１日に南坊録を書写している。康高は翌年の延享２年に３６歳で藩主になり宝暦５年（１７５５）に４６歳で藩主の座を退いた。隠居後は吟雪庵、了閑と号し茶道、和歌、俳句、そして狩野派の絵を学び俳趣豊かな絵を多数残していると言われる。現在豊橋で盛んに行われている南坊流の中興の祖はこの三宅康高である。
５、平山直員（田原藩士、享保１７年（１７３２）生享和元年（１８０１）４月１４日没 ７０歳）
江戸詰の藩士で、田原には屋敷はなかったと言う。名を紋右衛門といい藩主康高から康邦まで４代の藩主に使えた。雁々斎と号し又誓山、後に悠山とも称した。この平山直員は、藩主康高より天明元年８月２９日に南坊録を書写し、その後直員は、寛政７年２月２８日江戸駒込の「十方寺空無」に南坊録の書写を許す事になる。
６、十方寺空無 （江戸駒込 浄土宗 十方寺の住職）
同じ駒込の光源寺特山に南坊録の書写を許す。
７、光源寺特山（江戸南坊流の中心的存在）
（江戸駒込 浄土宗 光源寺 第１３世住職 天保８年（１８３７）１２月２３日没 ８５歳）
南坊流茶道を十方寺空無和尚に師事、享和３年３月２日に南坊録の書写を許される。
末宗廣編によれば特山には多数の弟子がおり、その一例を挙げれば、大關特岑、十方寺特止、浄壹院特無、大久保特元、伊藤特玄、前田特峯、吉祥寺特言、前田特樹、光源寺特立など、皆んな特の統一名（茶名？）を持ち、南坊流の流派を強く意識したようである。（南方録の展開：戸田勝久著）
当時江戸の駒込を中心に、「南坊録」から、茶道の一派「南坊流」が生まれそして発展した。
現在の光源寺には南坊録や茶書の古文書は無いが、特山の南坊録を書写したものが、加賀市大聖寺南坊流の中越家に継承されている。
８、前田利以（加賀南坊流流祖）
上州七日市藩の八代藩主前田利以は江戸の七日市藩の茶道方として、光源寺特山を扶持し南坊流の稽古をしたという。利以は、閑松庵特峯と言い文化５年（１８０８）に４０歳で隠居し宗啓と称し、後に鶴心斎と改めた。特峯は加賀大聖寺５代藩主「前田利道」の６男で、母の円成院も大聖寺に居た事から隠居後茶の師匠の特山を伴い大聖寺に移り住んだ。以降この特峯より加賀南坊流が大聖寺の地に継承されていくことになる。
９、大久保特元（江戸の旗本）
南坊流を光源寺特山に師事した。駿河台に屋敷があり人は「駿河台南坊」とも称した。
梅花庵茶会記（中越良隆著）によれば、文化１３年から１５年までの記録に、光源寺特山を中心に閑松庵特峯、、十方寺特止、大久保特元、吉祥寺方丈、前田特樹などの茶会の記録が残されており、当時の南坊流の茶会を偲ぶ事ができる。
１０、櫛橋雪心（黒田藩士、福岡南坊流中興の祖、万延元年（１８６０）１月２９日没 ８２歳）
江戸に長く住み、駿河台南坊と言われた、大久保特元に南坊流の指導を受けた。６６歳で江戸詰を致仕し、福岡に帰る。
雪心は播州志方の城主「櫛橋豊後守伊定」より数えて１０代目にあたり、黒田如水の夫人照福院は伊定の娘である。
雪心が福岡に帰宅した時は、地元福岡の南坊流茶道は衰退荒廃の状況であったようで、雪心は実子櫛橋松意や、立花実山の家系に当たる立花有得に江戸の南坊流を指導して、福岡の南坊流の再興に尽力をする。
現在福岡では南坊流と南方流の二流派があるが、これは櫛橋松意が南坊流に、そして立花有得が南方流に分派する事になる。
現在福岡市を中心に行われている南坊流は、櫛橋雪心、松意、三好嵩そして坂本宗習へと伝承され、当時は江戸の流れを汲む茶道と言うことで「江戸南坊」と称していたが今では「江戸」を付けて呼ばなくなった。
１１、立花有得（黒田藩士 文化３年（１８０６）生 明治２６年８月１３日没 ８８歳）
立花武義、後に有得、遊、無心庵、静也堂ともいった。有得は立花実山の叔父重興から６代目に当たり、強く南方（坊）録や、南坊流を意識したようである。実山の茶の湯を再興しようと積極的に行動し、立花家一族に秘蔵されていた南方録や、これにまつわる茶書の収集に奔走し、さらに茶道の実務を習得するために、当時江戸から帰ってきた櫛橋雪心に師事して南坊流のお点前の稽古に励んだ。有得は実山から立花家一族に伝わる南方録を意識して、自ら南方流を唱え始めたようである。つまり江戸からＵターンした南坊流とは一線を画し、有得の茶道を筑前南方又は地南方と呼び、江戸南坊と区別していた。現在南方流は、博多円覚寺に継承され活動している。特に先々代の龍淵環洲和尚は、実山自筆本の南方録の開示に当たり茶道界に大きな貢献をされた事は記憶に新しい。
現在日本各地で古文書として「南方録」と「南坊録」が有るのはそのためで、内容は転記ミス等の違いは有るもののほぼ同様である。
昭和の中頃までは「南坊録」が幅を利かせていたようだが、昭和２７年博多円覚寺の故龍淵環洲和尚が門外不出と言われる立花実山自筆本「南方録」（古外和尚が命名した）が公開され、以後学問的には「南方録」を正式なタイトルとして呼ぶようになった。
尚現在まで南坊宗啓の自筆記録は発見されていない。このため一部の学者は「南方録」は立花実山が南坊宗啓に仮託して書いた著書であると言う者も有るそうだが、南方（坊）録を深く熟読玩味すればその疑いは自ずから消えていくものである。